2018年11月27日
新製品や新たなサービスを開始する時に価格設定をどう決めているでしょうか?当然、原材料費と販売数などを考慮するはずです。その他、輸送費や人件費、設備費、新事業や会社設立であれば創業費用やマーケティング費等も入ってくるでしょう。競合する企業があればその製品やサービスとの比較も必要です。
最もシンプルに考えれば、原価にマージンを載せれば利益を得ることはできます。
ただ本来は、顧客に自社のサービスを購入してもらい、経験していくことに興味関心を持ってもらい、できればそれを継続してもらい、なおかつ企業がその事業に注いだ時間と情熱にふさわしい利益を得られる価格設定が望ましいのではないでしょうか。
もっと平たく言えば、「顧客は自分が支払ってもいいと思う金額をどう決めるのか?」という顧客の心理を理解した的確な価格設定をしていくことが企業の存続や成長にも繋がるような時代になってきたといってもいいかもしれません。
本記事では、リー・コールドヴェル氏の著書『価格の心理学』に基づいて、顧客心理を価格戦略に活かすポイントを紹介したいと思います。
どこで、何と比較するかで価格は変わる 『価格の心理学』(リー・コールドウェル著 武田玲子訳 株式会社日本事業出版社発行)より
この言葉から、あることを思い出しました。かつてある企業で新たに「しゃべる人形」を売り出すことになりました。「今何時?」と質問すると正確に時間を答え、「おはよう」と声をかけると「おはよう」と返事をする人形で、誕生日を登録しておけば、誕生日になると歌を歌うこともできました。登録言語数は人間の平均的な3〜4歳児程度の1000~1500語で、決まったフレーズに対して数パターンの返事ができるように設定されているインタラクティブに反応する人形です。
企業の意図としては、「一人暮らしの高齢者向けに。ちょっとした寂しさを紛らわすため」というものでした。
今から10年以上前にこのような商品はまだ珍しく、子供向けのしゃべる人形はありましたが、高齢者向けというのはニッチな市場であったと思います。大人向けのインタラクティブな製品にはロボット犬などが登場し始めたばかりでした。
マーケティングや価格設定を検討する時に、「しゃべる人形」の競合は何か、類似商品はあるのかという話題になりました。子供用の人形なのか、それとも大人向けのインタラクティブ商品ということでロボット犬なのか。
原価にマージンを乗せた価格設定の場合、子供用と比較すれば価格はほぼ同額程度でした。ロボット犬と比較すると「しゃべる人形」の方が半額以下でした。
競合相手が変われば価格の領域も変化します。顧客がイメージする自社商品の比較対象を把握するには、自社製品が提供する価値を分析しておきます。自社の提供する製品やサービスはどんな価値を提供できるのか、顧客がどんな理由で購入するのか、想定できる全ての動機を表などにしておくことがポイントです。
表にした価値の中から同じ価値を提供している他社製品を思いつく限り列記してそれぞれの標準価格も記入すると価格比較チャートが完成します。
完成した比較チャートで、競合するポジションを決めると、自社製品の価値を詳細に把握できるとともに、どういうポジション設定が可能なのかを見極めることができます。
製品のサービスの内容によっては、ポジションは一つではないかもしれません。それだけ、事業展開の可能性があるということになります。
上記の「しゃべる人形」のように類似しているようでターゲットが全く違う場合やターゲットは同じでも製品のタイプが全く違う、というケースもあるかもしれません。
「しゃべる人形」をおもちゃコーナーに並べると狙っている高齢者が購入して自分で使うということはないでしょう。「しゃべる人形」はAIロボットと比べると機能が全く劣っています。高齢者向け商品の介護用グッズや生活サポート品の中に並べてみるのはどうかという意見が出ました。人形という類似品はなかったとしても生活サポートグッズが出始めたところでしたので、ポジションとしてはそこからスタートしてみることにしました。
潜在顧客が支払ってもいいと考えている金額を知っておくことはとても大切です。ですが、顧客になってもいない人たちがどう考えているかを知ることはとても難しいことです。
独自性が強い商品であれば、高額な金額を支払ってくれるセグメントをメインターゲットにすることが可能です。ただ、競争が激しい場合は市場拡大のための価格設定を考える必要があるかもしれません。
こうした潜在顧客や既存顧客の実態を把握するための手法として、定量調査や定性調査があります。アンケートやインタビューなどを行い、顧客情報を獲得する方法です。
潜在顧客や既存顧客へのインタビューやアンケートは購入予算を知る上で重要な作業の一つです。
この時に注意しておきたいのは「顧客は本当に払うつもりの価格よりも低い金額を答える傾向がある」ということです。
したがって、アンケート結果をそのまま鵜呑みにすることはできません。アンケートからは、どんなアンケート項目やアンケートを答える状況の何が回答内容に変化を与えるかということを読み取ることがポイントです。
グループインタビューなどでは、多数意見に影響される場合がありますし、インタビューを行う場面によって回答内容が変化するケースもあります。
また、同じ商品であっても環境や生活スタイル、購入場面によって抵抗なく払う金額は変化します。
先ほどの「しゃべる人形」の場合、アンケートでプレゼント用として購入する場合の金額と自分用として購入する場合を調査した結果、プレゼント用としての方が1000円〜2000円ほど高い金額となりました。また、年代によっても支払ってよいと思う金額は違っていました。
アンケート調査などで得た「抵抗なく払う金額」別にそれぞれの顧客の特性や購入製品を使うシチュエーションや理由などを一覧化すれば、どのセグメントをターゲットにするか、絞っていくための参考にすることもできます。また、どのセグメントを最初のターゲットにしていくかなどを決めるきっかけにもなります。
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アンカリング効果とは、最初に見た数値や情報が印象に残り、それが基準(アンカー)となって、その後の判断が左右される心理現象のことをいいます。
『価格の心理学』では、アンカリングは第一印象を利用した心理的な価格戦略として「極めて効果的」としています。
例えば、値札表示で「特別価格10,000円」とするよりも、「通常価格25,000円が特別価格10,000円」とすれば通常価格25,000円がアンカーとなり、お買い得感をより一層感じるようになります。
コンサルティングやサービス業など価格が具体的に見えない場合でもアンカリング効果はよく使われています。
例えば、A、B、Cの3つの価格設定を用意します。
Aプランをフルサポートで高価格な「プレミアムプラン」、Bをクライアントの要望に即した「スタンダードプラン」CをBよりも低価格な「ビギナープラン」にします。この場合、AがアンカーとなりますのでBかCを選択することが多くなるはずです。BとCの価格の差をあまり大きくしなければ標準プランのBを選択するクライアントがほとんどになるでしょう。
リフレーミングとはある物事の枠組みを変更することをいいます。
価格をどう変更するかはとても大切です。最近では原材料の高騰などで食品価格の値上げがよくニュースで報道されていますが、どんな理由であれ、値段が上がれば財布の紐はきつくなり、売上に悪影響を及ぼします。
このような時の有効な対策としてリフレーミングが使われます。商品のサイズの変更や製品機能の一部を追加したりなどして商品に修正を加えて、単純な新旧比較をできなくすることです。他にも通常価格を値上げしながら期間限定の割引を実施するなどして価格に変化をつけていく場合もあります。パッケージのデザイン変更や商品のバリエーションを増やすなどもあります。
顧客は頻繁に価格が変化するので記憶に残りにくくなります。
リフレーミングを行う場合のポイントとしては、顧客がなぜ購入したのか、あるいはしなかったのかなどの反応を継続的にチェックしておくことです。顧客の動向を常に掴んでおくことで、新たな開発も可能になるかもしれませんし、値上がりして離れてしまった既存顧客も取り戻すことができるかもしれません。
双曲割引とは、「遠い将来なら待てるが、近い将来ならば待てない」という行動経済学の用語です。
人はすぐに支払いを求められると出費を躊躇しますが、後払いの方が財布の紐が緩くなるという現象です。住宅の購入などの大きな買い物から生活用品や衣類などのネット通販でも今では「後払い」がよくあります。また、スマートフォンの使用料との支払いと合わせて払う方法や、クレジットカード払いなども現金ですぐに支払うよりも抵抗感が薄くなります。
双曲割引を効果的に活用できる商品として、何度も使用する商品や長く使える商品などが考えられます。製品やサービスによっては後払いの仕組みをうまく利用して顧客を増やしていくことも可能です。
今回は顧客心理に基づいた価格戦略手法の一部を紹介しました。こうして振り返ってみると価格設定も製品やサービスと顧客をつなぐ一つのメッセージであることがわかります。
価格設定モデルは定額価格や顧客に合わせた相場、パッケージ料金、時間当たりの料金制、単価制など様々存在します。複数の組み合わせなどで設定する場合もあると思います。いずれにしてもまずは、自社の製品やサービスの価値を洗い出しておくこと、見込み顧客や既存顧客についてよく知ることが大切ではないでしょうか。
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